【連載】IPMのすすめ ②(2015/7/6)
有限会社TOMTEN(現 株式会社TOMTEN)が導入を進めているデイコム(Dacom)社の病害予察システムについて、同社の山道弘敬社長の解説をご紹介します。
「作物の病気の発生を予報できたら」という考えは比較的早くから提起されていました。最も原始的な病害の発生予報は①畑で病気の発生を確認してから防除を開始するというものでした。未だにこのレベルで防除をしている生産者は世界に多数存在します。結論的にはこの方法での防除は手遅れであることが明らかです。圃場内に感染源を持つと、蔓延のリスクが格段に高くなります。防除の基本は感染させないことに尽きるわけです。
次に一般的に行われてきたものに②カレンダー方式があります。日本では防除暦と呼んでいます。過去の経験に基づき、ある時期から開始して毎週定期的に防除するという方法です。これは経験に基づく解決策の一つで、世界中のいたるところで未だに主流の防除法です。しかしながら、この方法で確実に防除できるという保証は全くありません。理由としては、例えばジャガイモ疫病のライフサイクルは条件が整えば2日程度で実現されてしまうこと、農薬は強い雨によって短期間に効力を失ってしまうことなどが挙げられます。カレンダー方式は何もしないよりはましという点では、①の畑で病気の発生を確認してから防除を開始する方法とそれほど大きな違いがあるわけではありません。
そこで、いよいよ本当に病気の発生を的確に予測できないかという「病害予察」開発への挑戦が始まりました。まず着手されたのは、無防除の観察圃場での初発データと気象データとの間の数学的・統計的な処理によるモデルの考案でした。北海道で開発されたFLABASシステムもこれに類する予察システムですが、初発しか予想しないにもかかわらず当たらないことで有名です。この種のシステムの問題点は、過去の発生データと過去の気象データに基づいていることです。現在世界中で起きていることは、「異常気象」と言われるように過去に前例のない気象現象の発生です。そのため、過去のデータに基づく統計処理モデルはますますはずれる傾向にあります。
1980年代の後半にオランダの生産者ヤン・ハダーズは、IT技術の発展に鑑みて農業にも有用なIT技術の応用開発を目指して、前例のない生物モデルとしての病害予察システムの開発に着手しました。今日では、ヤン・ハダーズの創業したデイコム(Dacom)社は、商業的な病害予察システムを世界規模で成功させた唯一の企業として世界の農業IT市場に君臨しています。デイコム社のモデルが統計モデルと大きく異なる点は、気象環境の変化に追随する生物としての病原菌ライフサイクルに対する研究を基礎に置いている点です。たとえ気象条件が変化しても、気象環境に追随する病原菌の反応に変化がない限り、その発生モデルの正確性に影響はないと推測できます。デイコム社の病害予察システムの世界的な拡大が異常気象がますます進展する中で進んでいる現状は、そのモデルコンセプトが正しかったことを裏付ける結果となっています。
さて、病原菌のライフサイクルを少し考察してみましょう。病気の種類は違ったとしても、病原菌のたどるライフサイクルに大差はありません。空気感染性の病原菌では、何らかの気象変化がきっかけとなって空中に放出された病原菌胞子が作物に飛来することになります。作物の葉や茎に展着した病原菌胞子は、葉や茎が濡れていて温度環境が整っていれば、発芽して葉に浸入を開始します。一度葉の中に侵入して生長を開始してしまった病原菌は比較的環境変化に強く、生長して最終的には子孫としての病原菌胞子を形成することになります。この段階で、初めて人間の目には作物に病気がついたことが分かるわけですが、再形成された胞子は再び空中に放出されて周辺に感染拡大し、急速な勢いで病気を蔓延させていきます。条件が整っていれば2日もあればライフサイクルが貫徹するので、1つの病斑に数億個胞子が形成されます。あっという間に圃場を全滅させることなどわけもないことになります。
ここで、病気の発生メカニズムおいて重要な要素としての「葉の濡れ」に言及しましょう。病原菌胞子が葉に展着しても乾燥して陽光に晒されると数時間のうちに死滅してしまうことが分かっています。葉が濡れていないと病気にはならないのです。さらに、病原菌胞子の空中への放出は急激な湿度変化によって起こることが分かっています。つまり、雨の予報は病原菌の飛来とその病原菌の発芽に必要な葉の濡れとをもたらすことになるわけで、これが雨前の防除が推奨されるゆえんです。雨によって農薬が流れてしまうことになるのに、なぜ雨前に防除するのか不思議に思われるかもしれませんが、病原菌ライフサイクルから考察してみると正しいアクションであることが分かるのです。
この「葉の濡れ」と気象条件との関係で言えば、湿度が最も大きな影響を持っていることが分かります。もちろん、雨も葉を濡らす上ではとても重要ですが、雨が降れば湿度も高まるので、そういう点では湿度の重要性に勝るものはありません。雨が降らなくても早朝に葉が濡れる現象はよく観察されます。温度の変化に伴って湿度が大きく変化することが葉の濡れの原因となっています。したがって、気象観測に基づく病害予察を行うためには、湿度の測定が非常に重要なことが分かります。日本の気象庁の気象観測所のほとんどでは湿度の測定を行っていません。これでは、アメダスシステムの農業への応用を声高に提唱することは無理というものです。さらに、北海道のFLABASシステムも初発予想の気象データ解析要素に湿度を組み入れていません。病害発生に最も影響力のある「葉の濡れ」の予測に必要な湿度データの欠除は、FLABASシステムの欠陥を象徴するものであるかもしれません。
ところで、なぜ病気の発生を予測しようとするのでしょうか。それは、防除の上ではタイミングが最も重要であるからです。完璧な防除を実現するためには、農薬の選択や精度の高い防除作業も必要不可欠ですが、はずれたタイミングでの防除はそれらの努力をすべて水の泡にしてしまいます。はじめに、タイミングありきです。
病原菌のライフサイクルを正確に予測できたとして、それを今後の防除にどのように生かすことができるのでしょうか。それを実現するには二つの問題の解決が必要です。一つは圃場の保護程度を評価すること、もう一つは天気予報との組合せです。この二つのテーマについては、次回に詳細にお話しいたします。