【連載】IPMのすすめ ③(2015/7/7)
有限会社TOMTEN(現 株式会社TOMTEN)が導入を進めているデイコム(Dacom)社の病害予察システムについて、同社の山道弘敬社長の解説をご紹介します。
生産者にとって天気予報ほど役に立つ情報はないでしょう。しかしながら、私はいつも生産者の方に次のように質問します。「天気予報はどこの誰に向かって出されているのでしょうか?」生産者に向かって出されていないことだけは確かです。日本では天気予報は無料のサービスとなっていますので、誰かスポンサーが必要です。スポンサーにとっては多くの人に見てもらわなければならないので、当然人が多く住んでいる都市や町に向かって出されることになります。人の住んでいない畑や人口の少ない農村に天気予報を出す経済的な価値は低いので、生産者が本当に欲しい圃場に向けた正確な天気予報は手に入らないことになります。
過去の病原菌ライフサイクルの進展については圃場に立てたウェザーステーションによるリアルタイム気象データで正確に予測できたとしても、それは生産者にとって本当に欲しい情報ではありません。これは所詮過去の情報にすぎません。生産者が本当に知りたいのは、当然ながらこれから何が起こるかです。これを正確に予測するには、正確な天気予報が必要になります。この意味で天気予報は病害予察の生命線を握っていると言っても過言ではありません。病害予察モデルがどのように優れたものであったとしても、天気予報が不正確であれば病害予察モデルの力を発揮できないことになります。

デイコム社の病害予察モデルには、現在ヨーロッパのメテオコンサルト社のアンサンブル天気予報が使用されています。これは、4つの天気予報モデル(ECMWF、EPS、GFS、UKMO)を同時に稼働させてそのいいとこ取りをしようというもので、メテオコンサルト社の天気予報製品の中核を担っています。さらに、圃場に立てられたウェザーステーションからの気象データがリアルタイムでフィードバックされて、天気予報モデルの修正が日々繰り返されていきます。したがって、この天気予報は年々精度が高まっていくことになります。また、無料で得られる天気予報と違って、これはウェザーステーションが立っている場所に対する天気予報です。欧州の天気予報会社が日本の農地に向かって天気予報を出すというのは奇異に感じられるかもしれませんが、メテオコンサルト社には生産者が支払うデイコムシステムの利用料の一部が支払われるので、デイコム社のシステムには極めて正確な天気予報が提供されることになりました。天気予報に限って言えば、「ただの情報に有用なものはない」という言葉が当てはまりそうです。
さて、リアルタイムの気象データーで正確に病原菌のライフサイクルを予測して、それをベースに正確な天気予報で病原菌ライフサイクルの今後の進展を予測するだけでも病害予察モデルとしては十分に機能すると言えるかもしれませんが、デイコム社の病害予察モデルには生産者の判断をさらに正確に支援するために、圃場の保護レベルの予測モデルが準備されています。農薬を丁寧に散布することで十分に保護されているはずの作物も、時間の経過とともに保護されていない部分が拡大していきます。前回の農薬散布後に保護されていない作物の部分が拡大するのは、①作物が生長して新しい葉や茎を伸ばすこと、及び②作物に展着した農薬が光や雨によって減退していくことによるものです。
デイコム社のモデルには、農薬の種類別に光や雨による消耗曲線がインプットされています。オランダの試験研究機関で繰り返し実施されてきた人口降雨室での農薬の耐雨性試験結果や農薬会社から直接提供された農薬の耐雨性評価データ、光による減退データがモデルに組み込まれており、気象データから圃場でどの程度農薬が減退していくかを自動的に計算してくれます。農薬の耐雨性評価試験の報告データが生産者の手元にあったとしても、それに基づいて自分の畑で何が起きているかを評価するのは現実的には不可能です。これこそコンピューターのようなIT技術だからこそなしうる業と言えます。
作物が生長して新しく葉や茎を伸ばしていくと、その部分は農薬に覆われていないので、病害に脆弱な部分が拡大していくことになります。作物の生長が旺盛な時期は一晩で何センチも伸びることも珍しくありません。したがって、農薬がいかに雨に強くて持続効果を持っていたとしても、生長の旺盛な時期には病気にかかるリスクはすぐに高まってしまいます。防除暦やカレンダー方式の農薬散布ではこのような生長旺盛期の圃場を保護できないことになります。農薬会社が一週間持続する、二週間持続すると説明したとしても、それは前回の農薬散布時に農薬がかかった古い葉や茎での持続性を指しているのであって、新しく生えてくる葉や茎までも保護できるわけではないのです。
ところで、農薬の中には浸透移行性のある農薬というのがあって、この農薬は散布した農薬の一部が新しく生えてくる葉や茎に移行して、新芽・新葉を保護してくれることが分かっています。このような薬剤の代表例がリドミルですが、デイコム社のシステムはこのような農薬の浸透移行性による作物保護の度合をもモデルの中で評価計算しています。浸透移行性があることを生産者が分かっていても、それがどの程度のものかという評価を現実の作物に対して自身で行うことはほとんど不可能です。これこそが農業IT技術の真骨頂とも言えるかもしれません。
どの程度作物が生長して新たに保護されていない部分が拡大するのかを気象データだけから計算するのは今のところ現実的ではありません。作物の生長度合いには気象環境だけでなく土壌水分や肥沃度なども関係しています。将来研究が進めばこれも自動計算される日が来るかもしれませんが、今のところ圃場の観察データでこの部分の正確性の改善を実施することになっています。つまり、生産者が作物観察データをインプットするのです。これにより、生産者も目的を持って圃場観察を行うことになり、自分の観察データとモデルの計算値がどう結び付いているのか、より具体的に把握できることになります。
このようにして得られた保護されてない部分の量と病原菌飛来による感染のリスクを、10日先までの正確な天気予報によって予測計算比較した結果に基づき、農薬をまいた方が良いかどうか、システムがアドバイスすることになります。
上述のように、システムには多くの科学データや知識が組み込まれており、生産者がそのことを知らなくても最新の科学データーや知識に基づいて栽培活動を進められるようになっています。このようなコンセプトこそ、デイコム社のシステムが持つ第5の農業革命ツールとしてのDSS=意思決定支援システムの未来展望なのです。
次は、実際の病害予察モデルの利用方法についてご説明します。