【連載】IPMのすすめ ④(2015/7/8)

 有限会社TOMTEN(現 株式会社TOMTEN)が導入を進めているデイコム(Dacom)社の病害予察システムについて、同社の山道弘敬社長の解説をご紹介します。


 いよいよ病害モデルの実際の利用方法について説明します。下の画像はタマネギベト病の予察画面です。

 
 まず、最初に圃場の定義から始めます。デイコム社の病害予察モデルは基本的に地域の病害予察をするものではなくて、契約していただく生産者個人の、しかもその中の特定の作物を植えた個別の圃場に対して情報を提供するものです。したがって、畑がいくつかに分かれている場合には、畑別に圃場の定義を行います。この場合、契約した作物についてのみ病害モデルの利用が可能ですので、違う作物に適用するためには契約を拡大していただく必要があります。

 圃場の定義では、場所(緯度・経度)や品種、植付け日、土性、その他の圃場データを入力します。これは、後で立派な作物履歴データとして使えますので、こまめに入力していただくのがよいかと思います。

 さて、病害予察モデルのスタートは出芽日か、タマネギの場合には移植日となる場合もあります。いつ出芽したか、圃場での観察データを入力します。定期的に作物の生長度合いを観察して、生育ステージ表と見比べながら、生長度と生育ステージを入力していきます。天候によって次第に病害発生のリスクが高まってきて、いよいよ最初の病害発生タイミングが知らされることになります。毎日予察情報を見ていますので、次第に危険な日が迫ってくることが分かります。翌日が病害発生の危険日であることが分かったら、いよいよ農薬を散布することになります。このタイミングでは、通常「コンタクト」と呼ばれている表面処理剤を散布することになります。これは、病原菌胞子がまだ発芽して茎葉に浸入していない段階で効力を発揮できる農薬です。代表的なものは「マンコゼブ」です。

 生産者がこのタイミングで農薬を散布するのが防除の上では最も効果的です。しかしながら、いろいろなことが実際には起こってベストタイミングで散布できない事態が発生することも多いことでしょう。そのような場合にはデイコム社の病害モデルは圃場での病気の進行具合を計算して、生産者に農薬の種類を変えて対応することをアドバイスします。若干の遅れであれば、確かに病原菌胞子は葉に浸入していることは計算できるのですが、「ホライズン」のような部分的な浸透性を持つ農薬を使用すれば、十分に病害を抑えられる段階であることを生産者に知らせます。

 このタイミングでの農薬散布もかなわなかった場合には、病原菌はさらに生長を続けているわけですが、ある段階までは浸透移行性(システミック)の農薬で対応することがまだ可能です。病害管理システムはこのように病気の進行度合いをも計算して、ぎりぎりのタイミングまで生産者に対処法をアドバイスします。

 しかし、この浸透移行性の農薬で対処できる段階も逃してしまうと、圃場では新たな病原菌胞子の形成が見られるはずです。病原菌胞子のライフサイクルが完成してしまったわけです。この段階では病斑がハッキリと見て分かるので、生産者は心中穏やかではありませんが、病害予察モデルでは静観することをアドバイスします。このような段階で防除すると、農薬散布作業によって病原菌をまき散らすことになり、防除しているのか病気を蔓延させているのか分かりません。次の新たな防除タイミングを待つことをモデルはアドバイスします。

 このように、デイコム社の病害予察モデルは、圃場別に生産者が行う防除作業が異なることから、ダイナミックに個別の圃場で起きている現象を予測計算することで、栽培シーズン全体にわたって生産者がなしうる最良の手段を的確にアドバイスします。農薬をまいた後は、いつどの農薬をまいたのか、その有効成分量を計算して、システムに入力します。病害予察モデルは、農薬をまいた日を基点として、新たに圃場の保護されていない部分の量を計算し始めて、新たな病原菌飛来リスクと比較し、生産者に最適タイミングをアドバイスすることを継続します。

 さて、一連のプロセスを説明するなかで、デイコム社の病害予察モデルが極めて論理的に防除というものを計算してアドバイスしていることがお分かりかと思います。防除は「病原菌胞子の飛来」という病気のライフサイクル開始のシグナルに合わせて行うべきものであることが分かります。したがって、実際の防除作業は、栽培シーズン全体にわたって病原菌のライフサイクルが何回転するかによって左右されることになります。病気の蔓延がひどい年は、この病原菌のライフサイクルも激しく回転して、何度も発生していることになります。この点が、防除暦やカレンダー方式では十分に防除できない理由です。つまり、病原菌のライフサイクルが何回回転するか、いつどのように回転するかは完全に気象環境に左右される現象なので、毎週一回定期的に起こるわけではありません。病気の蔓延のひどい年は短期間に病原菌のライフサイクルが回転して、蔓延リスクが次々と発生しているので、それに合わせた迅速な防除が必要なわけです。

 ここで、生産者の皆さんの防除能力について少し考えてみましょう。ご自分の畑を何日間で防除することが可能でしょうか。病気の発生メカニズムがよく分かってきますと、病原菌の最短ライフサイクルに合わせた防除能力を持っていないと、いくら的確に防除タイミングを把握できたとしても、実際にはそのタイミングで防除できないことになってしまいます。欧州では、生産者は2日または3日で全圃場を防除する能力を持つようになってきています。これは、病原菌のライフサイクルがこの程度の短期間で完成してしまうことを考えると、至極妥当なことがよく分かります。少量散布でなおかつタンク容量の大きい防除機が理想的な理由は、このように病原菌のライフサイクルから計算して考えられているのです。

 このように、生物学的な病害予察モデルは目に見えない病原菌の挙動を視覚化することで様々なことを我々に教えてくれます。次回は、病害予察モデルの応用例と評価についてお話しします。