【連載】IPMのすすめ ⑤(2015/7/10)

 有限会社TOMTEN(現 株式会社TOMTEN)が導入を進めているデイコム(Dacom)社の病害予察システムについて、同社の山道弘敬社長の解説をご紹介します。


 ところで、デイコム社の病害予察モデルには、過去の天気情報を使用した防除シミュレーション機能がついています(下の画像を参照)。例えば、一年間の防除作業を振り返って、実際にはそうならなかったのだけれども、あの時このタイミングで防除していればどうなったのか、この時に使う農薬を別なものにしていたらどのように変わったのか、といったことを後からコンピューター上で試してみることができます。これは、ふだんの防除作業を振り返ってその効果を検証する上でとても有益です。このような過去の気象データを利用してシミレーションを繰り返すことで、より良い防除の仕方やタイミングを自分なりに工夫して発見することが可能になります。この段階に達すると、もうすでに病害予察は生産者にカスタマイズされているとも言えなくもありません。

 
 最高使用濃度の規制だけがあって最低使用濃度の規制のない欧米では、ベストタイミングで散布することで農薬そのものの濃度を低下させて防除する方法の可能性が報告されています。日本では日本独自の農薬規制の特殊性からそのような使い方ができませんが、病害予察モデルには様々な応用利用があるのです。

 遺伝的に病害に対しての抵抗性を有する品種が育成され栽培されてきました。ターゲットになっている病害に対しての抵抗性の強度が分かっている場合には、それを病害予察モデルの定義の時に品種の属性としてインプットしておくと、デイコム社の病害モデルはその効果も計算して、病害予察に反映してくれます。病害抵抗性が圃場での病害の進展にどのように量的に影響するかについては、たとえ抵抗性の強度を理解していたとしても圃場レベルで評価するのは全く不可能ですが、この病害予察モデルはそれを計算してくれるわけです。

 このようにDSSモデルは様々な科学的知識や情報を統合して、生産者がそれを簡単に利用できる段階にまで醸成し、生産者が簡単に判断を下せる情報として提供します。農業にも様々な分析データ・科学的知識が日々新たに提供されますが、忙しい生産者がそれを「よく考慮・検討して役立てる」というのは言うは易しで、実際には不可能な要求です。このようなDSSによって初めて生産者にとって意味のある情報に置き換えられるわけです。

 DSSの概念を理解するために、例え話をします。我々は自動車がどのようなメカニズムで走るのか、その構造や科学を全く知らなくても、運転方法だけ知っていれば目的地に到達できます。確かに車についての知識を豊富に持っていることは、より良い運転技術につながるかもしれませんが、自動車会社のエンジニアになることが目的というわけではありません。自動車を運転する人間にとっての目標は、目的地に安全に到達することです。生産者にとっての目標は、農業で経済的な自立を図ることです。自動車や農業の物知り博士になる必要はなくて、それぞれ目的を達成する上で本当に必要な技能と知識だけを持っていればOKということになります。それに、よく考えてみてください。世界の最先端の研究技術を含めて、一人の人間がそのすべてを理解してそれを農業に役立てるなどということが可能なはずがありません。このような高速計算が可能なコンピューターの手助けがあるからこそ実現できることなのです。ですから、これからは勉強はそこそこにして、すぐれたDSSを選びさえすれば、優秀な農家の農作業に近づける時代がすぐそこまで来ているわけです。

 実際、世界では農業の知識のほとんどない人たちが農業を始めるようなことが時々起こります。その時に、どのように防除したらいいのか、そのタイミングを理解して自分なりに実施して成功する確率は極めて低いことでしょう。

 南アフリカでアパルトヘイトが崩壊した時に解放された黒人たちが、新たに農地を与えられて農業を始めることになりました。その時に、皆携帯電話だけは持っていたので、デイコム社の病害予察情報をショートメールで提供するプロジェクトが実施されました。とりあえず、この新しい生産者達は、とにかく知らされた散布タイミングで防除することにより、大きな失敗はしないで済むことになりました。DSSは生産者にとってはまさしくブラックボックスですが、提供された情報は天の声となったわけです。

 さて、次はどのような作物にどのような病害モデルが使用されているかについて、お話しいたします。