【論説】日本のジャガイモカルシウム施肥考(2017/10/25)

 ジャガイモ のカルシウム施肥に関しては米国で研究が進んでおり、日本でも導入する生産者が徐々に増加しています。しかし、日本には以前からそうか病とカルシウムとの関係に関する誤認があり、カルシウム施肥を避ける傾向がありました。日本のジャガイモ収量が先進ジャガイモ栽培地帯から見て劣ること、空洞や打撲などの品質問題が深刻であることの主要な原因は、このカルシウム不足にあると考えられます。問題のポイントと今後の課題について、日本でのジャガイモに対するカルシウム施肥技術の普及に積極的に取り組んできた株式会社TOMTEN 代表取締役社長 山道弘敬氏の論説をご紹介します。


 ことの発端は羊蹄(ようてい)山麓の男爵ジャガイモの生産者であった。男爵ジャガイモは空洞の出やすい品種である。2006年頃であったと思うが、ある時、「農協の選別ラインには1台3千万円もする空洞センサーが設備され、空洞のあるジャガイモはこの選別機ではじかれて消費者からのクレームは減ったが、生産者は踏んだり蹴ったり。歩留りは低下するわ、選別賃は高くなるわ…。空洞を減らす栽培技術を指導するのが先ではないのか」という話を聞いた。

 それ以来、ジャガイモの空洞を減らす技術を探し求めていた私は、ノルウェーで世界一の肥料会社に行き当たることになる。同社はヨーロッパやオーストラリアでジャガイモのカルシウム施肥技術の普及に努めていた。私は英国まで飛び、実際にカルシウム施肥を指導しているこの肥料会社の系列のアグロノミストに会って、現地での指導実態の聞き取りを行った。「イングランドの泥炭地帯には地力だけで窒素をまかなえる地帯があるが、そこでも硝酸カルシウムの施肥は欠かせない」というのが彼の見解であった。

 最終的に私はこの肥料会社の代理店と協力して、日本でのジャガイモに対するカルシウム施肥技術の普及に乗り出すことになった。その過程で我々を勇気づけたものは、当時キリンビールの子会社であったジャパンポテト社との協同試験であった。ジャパンポテト社は海外から新しい品種を日本に持ち込み、圃場での適正確認試験をかねてから行っていたが、異常に空洞が出る品種があり、我々のカルシウム施肥技術を試してみたいとのことだった。結果は我々を大きく後押しするものであった。この品種は対照区では実に80%もの塊茎に空洞が発生するのに対して、硝酸カルシウムの施肥量を増加させていくと空洞は劇的に減少し、しかも収量の増加すら見られた。日本でのカルシウム施肥による空洞改善効果を予見させるに十分な試験結果であった。



 しかし、カルシウム施肥に関する一つの懸念があった。それは、当時一般的であったジャガイモとカルシウムにまつわる誤認、すなわち、「カルシウムはそうか病を誘発する」という思い込みである。現在では、ごく一部の少数派を除いて、この説は明確に否定されている。私は北海道大学で開催された「世界ジャガイモそうか病フォーラム」のプロシーディングの翻訳に携わったが、そうか病は土壌中のpHとの関係から説明されている。つまり、カルシウム肥料がpHを上昇させるような場合にはそうか病を誘発することがあるが、これはpHに起因するものであり、カルシウムそのものは無関係であるとされている。簡単に言ってしまえば、pHを上昇させないカルシウム肥料を選択すれば、そうか病の危険性は回避できるのだ。



 それでも当時はまだこのドクマには根強いものがあった。私は一度、北海道の十勝農業試験場の土壌肥料課の研究者にジャガイモのカルシウム施肥の技術普及について相談したことがあるが、「そうか病に対する恐れから、生産者はジャガイモにカルシウム施肥などするわけがない」と、にべもなく拒絶されたことを記憶している。

 さて、ことの発端と同様に、ジャガイモへのカルシウム施肥の改善技術の普及も羊蹄山麓から始まった。当時、どこからかカルシウム施肥のことを聞きつけてきた京極町の吉川さんという生産者が私の講演に大いに興味を持ち、カルシウム施肥の話に飛びついた。慎重に進めるようにという私のアドバイスを聞き入れることなく、彼はいきなり大規模なカルシウム施肥を断行した。茎葉に残った粒状肥料が一部に肥料焼けを起こすという問題もあったが、結果はすこぶる良好であったと聞いている。特に彼が強調していたのは、「2Lクラスの男爵イモにも空洞が出ていない」という点であった(後に現代農業が取材して記事にしている)。

 カルシウム施肥技術の普及は順調に進むかに思われたが、予期せぬ事態がそれを妨げることになった。このノルウェーの肥料会社の日本代理店が経営をめぐる内紛劇で空中分解に近い状況になってしまい、私と連携していたスタッフもほとんどが社外に去ってしまったのである。これが契機となって、この会社との協力関係の継続は断念することになった。

 しかし、弊社はかねがねジャガイモ先進国と日本のジャガイモ収量に1トン近くの差があるという現状を目の前にして、この差をいかにして埋めるかという課題を重視していたため、カルシウム施肥の重要性を決して無視できないものと考えていた。そこで、弊社の利益は度外視してカルシウム施肥技術の普及を続けていたところ、以前カルシウム施肥に関して協力して活動していたスタッフの一人と再会し、この技術の普及を復活させようということになった。さらに別の硝酸カルシウム肥料会社もこの計画に参加することになり、ジャガイモカルシウム施肥技術の普及促進の再開が決まった。

 その目玉は、この技術の生みの親であるウィスコンシン大学のジワン・パルタ博士の招聘であった。当時、私はイギリスの雑誌社が主催するジャガイモ国際会議に毎回出席していたが、ある時その主催者から誰かその会議で講演をしてほしい人物はいないかとの問い合わせがあり、すかさずジワン・パルタ博士の名前を挙げて返信したところ、博士の会議への招致が実現したのである。2011年6月に米国コロラド州の州都デンバーで開催された国際会議で、ジワン・パルタ博士の講演後に、私は博士に直接会って日本での講演を要請した。そして2015年3月、ついに肥料会社と協力して帯広と美幌町での博士の講演会にこぎつけることができた。特に、帯広の講演会にはカルビーポテト社のスタッフ、農協、帯広畜産大学、試験場の関係者、普及所員、生産者など、農業関係者が多数詰めかけた。この講演を契機として、畜大とカルビーポテトが共同研究を開始したことは大変に有意義な成果であった。

ウィスコンシン大学マディソン校園芸学部 ジワン・パルタ教授


 実は、私は北海道大学を卒業後、羊蹄山麓にあったジャガイモ加工会社に勤務していたのだが、そこで最初に行ったのがジャガイモ塊茎のカルシウム強化試験であった。曰く、「ジャガイモのカルシウム含有量が増えれば、学校給食に売れる」。しかし、当時、我々の指導にあたっていた北海道大学の故吉田稔先生は、「ジャガイモと牛乳(Ca源)で欧州人は食事のバランスをとっており、そもそもジャガイモでカルシウムを増やすというのは無茶な話である」と指導されていたので、これは最初から無理な課題ではないかと、少し冷めた気持ちで事にあたっていた。この時期、ジワン・パルタ博士はカルシウムについての先鋭的な論文を発表している。今から思えば、もっと早く博士のことを知っていればよかった、約25年の遅れをとってしまったと、後悔しきりである。

 ところで、技術普及を進めていく過程で少々気になることがあった。パルタ博士は、カルシウム施肥は品質改善技術であり、収量増には結び付かないと論文の中で再三説明されていたのだが、技術の普及過程で収量増の報告が相次いだのである。この疑問をパルタ博士に直接向けたところ、次のような答えが返ってきた。「カルシウムがひどく欠乏している場所では簡単に増収する」というのである。そして、ペルーの例を引き合いに出された。パルタ博士は国際協力の一環で、ペルーの生産者を毎年訪問されていた。彼らに対して何ができるかと考えた博士は、その地域でセメント製造の副産物として安価な硫酸カルシウムが手に入るという話を聞き、その施用を勧めたという。長年アルパカの糞以外にめぼしい肥料を供給したことのなかったペルーのジャガイモ畑は、明らかにカルシウム不足であった。博士はペルーの生産者の増収に大いに貢献されて、大変喜ばれたようである。つまり、日本のジャガイモ栽培はカルシウムについて言えば「ペルー並み」なのだ。私は、この話でそれを博士に暗に指摘されたのだと気が付いて愕然とした。考えてみれば当然の話である。そうか病への恐怖から、大量要素であるCaを施肥することもなく、硫安などの肥料を多用してますますpHを低下させ、カルシウムの効力を弱めているのが主流の施肥体系であれば、ジャガイモがカルシウム飢餓に陥るのも当然の帰結である。つまり、カルシウム施肥の問題にきっちり決着をつけなければ、それがリービッヒの収量制限要素となり、そこにどのような栽培技術をつぎ込んだとしても、カルシウム問題のせいで増収は見込めないということだ。私は、日本のゆがんだジャガイモ栽培技術の根本的な問題の一つに突き当たった思いがした。



 したがって、カルシウム施肥によって収量が増加したことを喜んでいるようでは、パルタ博士のカルシウム施肥技術の神髄には何らアプローチしていないことになる。パルタ博士の研究では、カルシウムがジャガイモにしっかりと取り込まれることで、①空洞が減り、②褐色芯腐れが減少し、③表皮が丈夫になり、④打撲に強くなることがわかっている。さらに、パルタ博士の研究報告以前に同じウィスコンシン大学のマクガイア博士らが明らかにしていたように、⑤軟腐病などの腐敗菌に対して抵抗力を持つようになるという大きな品質上のメリットもあるが、日本のジャガイモ栽培はこれらを何ら享受できない段階にあるのである。カルシウム施肥による増収効果はパルタ博士以前の課題であり、私はこの状況を「パルタ以前」と呼んでいる。求められているのは品質改善効果へのアプローチであり、これこそがパルタ博士が明らかにしてきたカルシウム施肥の目標である。




 ところで、パルタ博士は塊茎中のカルシウム含有量と土壌中のカルシウム含有量には相関関係がないことを説いている。これは、頭の固い土壌学者を悩ませてきた内容であるが、ある意味では当然である。というのは、土壌分析に提供される土壌の量はほんのわずかであり、サンプリング方法を駆使して平均値としての土壌のカルシウム含有量を示したとしても、ジャガイモ塊茎にカルシウムを取り込む上で決定的な要因となるストロンに生えている根の周囲のカルシウム含有量の局所的な偏在を示すデータとしては役に立たないからである。博士は、同じ株であっても塊茎ごとにカルシウム含有量にばらつきがあることも指摘している。ある塊茎のストロンの根の周囲に十分な量のカルシウムが存在し、それによってこの塊茎に十分なカルシウムが取り込まれたとしても、そのことが別の塊茎のストロンの根の周囲に必要なカルシウムが存在することとは何ら関係がないとしたら、塊茎のカルシウム含有量に大きなばらつきが生じるのは当然の帰結ということになる。ここにおいて、平均値としての土壌中のカルシウム含有量の議論は意味をなさない。パルタ博士の技術で肝要なことは、ストロンの根の周囲といった特定の場所に必要な量のカルシウムを供給することである。博士が「スプーンフィード(さじで供給する)」と言っているのはこのためである。

 カルシウム施肥についての博士の研究は、日本のジャガイモ栽培について多くの示唆を与えている。日本のジャガイモ育種家は、海外から日本に持ち込んだ品種の栽培試験を行って空洞が多発すると、海外の品種は日本の栽培環境に対して適性がないと判断すると聞いたことがある。ジャパンポテトで行われていた栽培試験の結果も同様であった。しかし、これは見方を変えれば至極当然のことである。海外の品種はそもそも日本の品種などよりも収量レベルがはるかに高いのが普通である。したがって、養分吸収能力も当然高い。そのような品種が日本のカルシウム飢餓状態の畑で栽培されれば、空洞だらけになってしまうのも無理はないと私は推測している。逆に言えば、海外の品種がその収量能力を日本でも十分に発揮できるような施肥体系を考えない限り、日本では欧米並みの収量の達成は絶対にあり得ないということになる。その一つの重要なカギがカルシウム施肥であると考えられる。

 ここで、私がこれまでに考えてきたカルシウム施肥についての問題点を整理すると、以下のようになる。pHを上昇させないカルシウム肥料の選択が必要である(硝酸カルシウムや硫酸カルシウムなど)。カルシウムを供給する位置が重要である。つまり、ストロンの根の周囲に供給する必要がある。元肥で種イモの下部にカルシウム肥料を供給しても、塊茎の品質効果には何ら貢献しないことをしっかりと認識すべきである。十分な量のカルシウムを供給するには、溶解度の高いカルシウム肥料を使用するか、溶解度の低いカルシウム肥料を大量に施用するか、またはこの双方の組合せによる。カルシウムは水に溶けてはじめて塊茎に吸収される。溶解度の高いカルシウム剤の代表は硝酸カルシウムであり、一方溶解度の低いカルシウム剤の代表は硫酸カルシウムである。パルタ博士は、硫酸カルシウムだけでは十分なカルシウム量を供給できないと指摘している。カルシウムの供給タイミングが重要である。塊茎にカルシウムを取り込むストロンがまだ存在しない塊茎形成期以前には、カルシウムが塊茎に取り込まれることはない。重要なのは、塊茎が肥大を開始して、その後肥大を継続している期間中に継続的に十分な量のカルシウムを供給し続けることである。これが現在技術的に最も難しいと考えられている点である。慣行栽培体系において、本培土時期にバラまき、または条播してその直後に土寄せすれば、ストロン近くに硝酸カルシウムを提供して、肥大を開始した塊茎にカルシウムが取り込まれる。これを指摘し推奨したのもパルタ博士であった。しかし、パルタ博士はそれよりも後の肥大中期にもカルシウム施肥が必要なことを指摘している。理想は塊茎形成期に追肥を行い、さらにその後2週間おきに2回カルシウム肥料を施肥するというものである。ウィスコンシン州では灌漑水に混用して提供するという方法で実現されているが、今のところ日本で同様の施肥方法を行うことは困難である。塊茎肥大中期・後期にいかにしてカルシウム肥料を提供するか、今のところこれが最も大きな課題と考えている。



 最後に、パルタ博士はウィスコンシン大学でカルシウム吸収力の高い品種の選抜・育種にも携わっている。塊茎中のカルシウム含有量が多くなれば、それだけ品質改善効果が高くなるという博士の知見に基づいたものである。品種の力も重要ということだ。ところで、カルシウム施肥試験を繰り返し行ってきた経験から、品種上の問題について、形態学上の一つの仮説を考えている。それは、ストロンが短く、収量レベルの高い品種ほど、空洞が発生しやすいのではないかというものである。ストロンが短いと、ストロンの根がカルシウムを吸収しようとする土壌の範囲が狭まってしまい、結果的にカルシウム吸収において競合が起きやすい可能性が考えられるからである。代表的な品種はアンドーバーである。

 以上述べたように、日本におけるカルシウム施肥の重要性は、一過性のトレンドのようなものではない。この問題にきっちりと道筋をつけることができなければ、日本のジャガイモ栽培発展などおぼつかないというのが、私のこれまでの活動に基づく見解である。


株式会社TOMTEN 代表取締役社長 山道 弘敬