CRISPRは世界の食糧危機を救う技術となり得るか(2017/5/27)

 世界の人口が増加を続ける中、ジャガイモや小麦の遺伝子を修正することにより、これらの収量に甚大な被害を与える病害に対抗して、食糧危機に備えようとする試みが科学者によって行われている。


 2040年までに、世界の人口は90億人を超えることが予想されている。「これはつまり、現在の人口に中国一国分の人口が加わるということです」と英国ノリッチにあるセインズベリー研究所のソフィエン・カマーン教授は話す。

 現在、世界的な食糧危機への対策を研究テーマとする科学者が増えている。カマーン教授もその一人である。植物病原菌の専門家である同教授は、病害に強い作物の開発を目指して研究を行っている。ジャガイモ疫病はPhytophthora infestansという病原菌によって発生する病害で、これに感染した場合には収量が大幅に減少する。19世紀にはアイルランドでこの疫病によってジャガイモ飢饉が起こり、約百万人が死亡、同数以上のアイルランド人が国外へ脱出した。現代の欧州のジャガイモ農家は農薬を使用して疫病対策を行っているが、複数の農薬の大量使用によるコスト負担と安全面の懸念という新たな問題が生じている。一方、世界の他の地域には農薬の入手が困難な国々もあり、依然として疫病が毎年猛威をふるっている。

 植物には病原菌に対抗する免疫機構が備わっているが、疫病菌は常に進化を続け、免疫防御を回避して作物に感染する。「これは植物と病原菌の軍拡競争のようなものです」とカマーン教授は語る。「研究によって疫病の防御策を探ることで、これをバイオテクノロジストと病原菌の競争にするのが我々の目標です。」

 5年前、カマーン教授はEUの欧州研究会議が出資するNGRBというプロジェクトに着手した。これは、高度な植物育種技術を使用して感染に強いジャガイモを開発するためのプロジェクトである。このプロジェクトの開始後まもなく、他の研究所の科学者がCRISPR-Casという画期的な遺伝子編集技術を発見した。CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat;クリスパー)は細菌や古細菌においてファージやプラスミドに対する獲得免疫機構として機能していることが判明したDNA領域を指し、CRISPRと共に存在するCRISPR関連遺伝子群をCas(CRISPR-associated;キャス)という。このCRISPR-Casを利用して遺伝子の削除・挿入といった編集を行う技術をCRISPRまたはCRISPR-Casと呼んでいる。カマーン教授によれば、ゲノムを文字列とするとCRISPRはワードプロセッサのようなもので、これを使用することにより、1~2つのゲノムの書き換えを簡単かつ正確に行うことができるという。

 作物を改良するためにCRISPRを利用する最も簡単な方法は、感染に弱い原因となっている遺伝子を取り除くという方法である。この操作のみで、より災害に強く、外観および味は従来のものと変わらないジャガイモを作ることができる。カマーン教授によれば、1つまたは2つの遺伝子が欠損したジャガイモは遺伝子組換え作物とは異なるものであり、これらは明確に区別されるべきであるという。遺伝子組換え技術の場合、従来行われてきたトランスジェニックという方法では、交雑不可能な異種の生物の遺伝子を組み込んで新たな性質を与える。これはCRISPRとの重要な違いであるが、遺伝子組換え作物に関する規制法令にはこの違いが反映されていないものがあるのが現状である。

 CRISPR-Casはジャガイモ以外の作物の改良にも利用することが可能である。カマーン教授は現在、バングラデシュで小麦の収量に大きな打撃を与えアジアで拡大しているコムギいもち病という真菌性の病害から小麦を守るためのプロジェクトに取り組んでいる。将来的には、CRISPR-Casによって小麦、米、ジャガイモなどの品質および栄養価が改善されることが期待されている。さらに、CRISPR-Casを利用して、トマトや小麦不耐性の人におけるアレルギー反応の原因となる遺伝子を作物から取り除くことができる可能性もある。低アレルゲン性トマトが店頭に並ぶ日も夢ではないのだ。

 近年、交雑可能な同一種間の遺伝子組換えであるシスジェニックという方法を用いることにより、遺伝子組換え作物に対する不安が一部解消される傾向があったが、このCRISPRによる遺伝子編集という技術の登場により、遺伝子組換え作物の定義自体を見直す必要が出てきている。行政がどのような対応をするか、そして消費者がどう感じるか、今後の動きが注目される。


参考ニュースソース:Phys.org https://phys.org/news/2017-05-crispr-world.html